2011年06月23日

被災地への復興支援活動終焉

今日をもって、ここ岩手県遠野市を離れます。今は、朝8時30分。今朝の久しぶりに大きな地震によって、目覚ましよりかなり早く起きてしまいました。今日で、ここともお別れだというのに。

テレビの無いこの家では、タイムリーな情報を取得するのはとても難しい。仮住まいのこの場所では、日用必需品ではないテレビを買うわけにはいかず、新聞に頼っています。そのため、1日遅れで情報がやってくるので、突然の出来事には対応できません。

ここ被災地での最初の課題でしたが、テレビがなければ、常にラジオは持っておく必要があります。電波での情報伝達は、間違いなく紙面よりも早いからです。新聞の持つ意義は、情報の迅速性とは別な場所にあり、詳細な説明と解説、そして、考える場を提供してくれるという素晴らしい側面はありますが、改めて、両方必要であるということがわかります。

特にこのような緊急支援をしている場所では、情報の迅速な伝達はいつになっても大きな課題です。ただ、今回は、町への全体放送が流れていて、各地区の長が災害対策本部に状況を知らせて欲しいという放送が流れていたので、3月11日の震災を境に、人々の警戒心と対策が向上したことは確かだとおもいます。

こういうことで、人は安心するのだと思います。何かやっているという人が、明確に見えるということ、そして、心配してくれる人がいるということに。

今日で、ここを離れるというのに、地震がまたやってくるなんて、私たちの動きを誰かが見ているようです。そして、「まだまだだぞ、これで終わったと思うなよ。」と言っているようです。

僕の岩手県を拠点とした、テントとプレハブ事務所の設営活動は、今日で終了です。しかし、長い目でここ被災地を支援し、応援していかなくてはなりません。僕は、来週月曜から、東京事務所に移動し、事務処理をして7月中旬にはダルフールのニアラに戻ります。

今回岩手県で活動できたことは、自分の人生における宝となります。考えるところ、学べるところが山のようにありました。また一つ、世の中のことがわかった気がします。そして、改めて、この国の素晴らしさに気づき、国連機関で働くことが、間接的にでも、自分の母国である日本のためになればいいなと思いました。

今回の活動で関わった人たちには、とにかく、感謝の気持ちでいっぱいです。また、この地へ戻って来れる日が来れば、と思います。
posted by atsushi at 09:17| Comment(0) | 東日本大震災への緊急支援 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月15日

岩手県を離れる準備

復興支援のため、ここ岩手県に入って早いもので2カ月半が経過しました。最初のころは、毎日忙しく被災地を走り回っていましたが、最近では、この業務の終焉に向けて、最後の手直しや書類仕事をしているのみとなりました。

まだまだ、被災地には多くの人材と支援が必要ですが、僕の岩手県での活動は6月23日(1週間後)をもって、撤収となります。ここに来てから、数多くのWFPテントとプレハブ事務所を建ててきました。ただの設置作業だけではなく、今回の被災地のような役場機能が破壊されたところでの作業は、様々な個所で問題に直面しました。

建設するための土地の確保、業者との契約、人員の確保、ボランティアの手配、役場担当者との協議等々、現場で突然出てくる問題にその都度決断して、実行していかなくてはならないことが出てきました。そのため、人間関係の構築はとても大切で、支援しているのか支援されているのか、時々わからなくなるような状況に陥りながら、仕事を進めていました。

とにかく、非常に勉強になる時間を過ごすことができました。もっともっといろんな支えや、理解がこの被災地には必要です。しかし、僕のWFP職員としての務めはほぼ終了しました。あと1週間で、ここでの業務を清算できるように、後始末をして、東京に戻りたいと思います。

ここ岩手県には、短い春が来て、そして、少しずつ夏になろうとしています。山の緑は美しくなり、良い季節になってきました。
posted by atsushi at 11:52| Comment(0) | 東日本大震災への緊急支援 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月06日

震災復興への第一歩 山田町仮設商店街オープン!!

6月4日岩手県山田町に震災後初めて商店街がオープンしました。その商店街は、「なかよし公園」という町役場に近い公園で、WFPのテントを利用して作られたものです。僕は、テントを提供したWFPの代表として、その日に行われたオープニング記念式典に呼ばれました。

東京からは、今回の復興支援活動で指揮を執っていた上司も来ましたが、僕がここで活動したのだから、どうぞ来賓として立って下さいと言われ、ひな壇に座り、そして、人生初のテープカットまでさせていただきました。

WFPのテントは、もともと食料や物資を貯蓄しておくための保管倉庫として、被災地での設営をしてきましたが、山田町が唯一、店舗を中に入れて、商店街として使用するというアイデアを持ち出してきました。テント自体は、自治体に寄贈するという形をとっているため、結果的には山田町のものであり、どのように使おうが自由なのですが、このように活用されることに関して、ずっと迷いがありました。

上司や本部ローマは、どのような反応をするのだろうか。このような目的では提供できないといわないだろうか。WFPの活動を、僕自身が職権乱用していないだろうか、などなどの悩みを持っていました。

提供すると言っているほうが、使い方を指定するなんて、ナンセンスだから、受け取る方たちが喜んでくれるなら、これでいい。そう自分で決めて、あまり上司に報告せず、ことを進めてしまったのです。しかし、とある新聞でテントを使っての商店街の復活が報道され、結局東京には早い段階で情報が伝わりました。

山田町をはじめ被災地の自治体の人たちを見ていれば、とてもそんなお願いを断れる気にはなりません。現場で物事を解決できるなら、これでいいと、割り切って、事業を進めていました。でも、東京事務所そしてアジアの局長は、これを歓迎してくれて、何も言ってきませんでした。

そんな自分の中の葛藤とともに、山田町への支援をしてきたわけですが、こんなこともあって、商店街がオープンした時には、非常に感動し、記念式典の最中に不覚にも泣いてしまいました。支援するほう支援されるほう、その境界はどんどん無くなってくるように感じるのは不思議なものです。WFPの活動が、そして、ちょっとした僕の仕事が、このように人のお役にたてるなんて、嬉しい限りです。

記念式典と商店街内部の写真をお見せします。山田町の方々には、今後とも頑張ってもらいたいと思います。遠くから、応援しています。

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人生初のテープカット!

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商店街内部
posted by atsushi at 11:16| Comment(2) | 東日本大震災への緊急支援 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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