2012年04月23日

人道支援家たちの訓練

私は今イタリアのブリンディジという町に来ている。ここは、ながくつの形をしたイタリア半島のかかとにあたる部分で、ローマより南に位置している。この町に来てから10日ほど経つのだが、この出張の理由はとある訓練に参加することだった。昨日でその訓練を終え、今日はこの町のホテルでのんびりと過ごしている。訓練はかなり密度の濃いもので、12人一部屋の団体生活で総勢70人ほどが参加した。とにかく今は、訓練後の疲れと頭の整理をしているところ。明日からはまた別の会議に参加するため、とにかく休む必要がある。

さて今回参加した訓練の内容は、災害に対する緊急対応能力を養うものだった。訓練シナリオは、仮想国において災害が発生し、外国から多くの国際人道支援機関が現地入りし、それをどのように取りまとめていくか、という内容であった。ここでの視点は、WFPが災害時にリードを取る物流(ロジステックス)に焦点を当ててのものだ。どこに、どのような物資が必要かを精査し、誰がどのようにどれほどの量を運ぶのかを調整する訓練だった。国際NGO、国連機関、現地政府と協力しながら、そのシナリオに用意されている様々な事件を乗り越え、対応していくというもの。よく練られていた訓練シナリオで、とてもうまく構成されていた。

私は、訓練を受けるほうではなく、訓練をサポートする側にいて、訓練生に自分の専門分野である航空物流に関する知識や考え方を与えながら、シナリオを進めていく役割だった。実際には、訓練を受ける人の数よりも、訓練をサポートする人の数のほうが多く、そこからでも十分にいろんな知識をもらえるものであった。訓練生を通して、会議の進め方、様々な分野における調整の仕方、情報管理などを学んだ。チームは、WFPを含めたいろんな機関のスタッフで構成されていて、皆それぞれ物流を担当している職員だった。彼らは、素人ではなく、フィールドで5年以上の経験を持つ人たちなので、傍で見ていてとてもいい勉強になった。

ここではいろんなことを学び、そして考えることがあった。

人道支援というこの分野の活動、やはり欧米人がリードを取っている現場なのだとしみじみと感じた。参加者総勢70人ほどの中、私だけがアジア人だったという現状がそれを如実に語っているし、アジアのNGOも全くいなかった。日本も、JICAを先頭に人道支援で活躍しているが、人的貢献はまだまだ少なく、財政的支援が多いのだろう。また、このようなネットワークに日本の機関や職員が参加していないことに少し疎外感を覚えた。

おそらく物流分野だけではなく、総じて人道支援は、同じようなメンバーで回されているのだろうと思う。こういった人道支援家は、災害があれば、空を飛んで現地入りし、次々に緊急援助の必要な国を移動している。アフガニスタンにいたかと思えば、ハイチに行き、スマトラへ出向き、リビアに入る。根無し草のごとく、海外を転々としながら緊急援助の活動を続けている。だから、初めて訓練に参加するものばかりでも、数人は顔見知りが初めからいる状況のようだ。私自身は、この分野ではまだまだ駆け出しのため、ネットワークはそれほどなく、新しい顔ぶればかりだった。

そして、みんな議論がとにかくうまい。過去の事例を出しながら話に深みを持たせ、説得力がある。筋道の通った話の中にジョークを交え、笑いをもって人をあきさせることなく、理論的に話ができる。他の人の意見も集約させながら、自分の思いも混ぜるその話しぶりは、やるなぁという思いだ。もちろん英語でやっているから、英語圏の人がリードを取りやすいのだが、英語を第2言語としているような人も、流暢に議論できていた。

日本人があまり知らないこの国際人道支援という業界、そして、議論に重きを置くすすめかた、以前から分かっていたこの現状に改めて考えさせられるものがあった。今のままの日本人では、これらの業界でやっていくのは相当根性がないと、続かないだろう。日本の教育は、今世界基準で考えないといけない瀬戸際に来ている気がする。

とまぁ、日本のことを思いつつ、自分自身の能力向上に役に立ったので、この訓練に参加できて嬉しく思う。それに、いろんな新しい人に会えたことは、とにかく財産だ。この業界、広いようで狭いのだからまた再会することもあるだろう。
posted by atsushi at 22:12| Comment(0) | 国連職員としての日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月09日

都市による差異の体験(ミラノ)

イタリアローマに転勤してきた理由は、何も本部勤務してみたかったというだけではない。仕事の面だけではなく、ここヨーロッパに拠点を置いて、ヨーロッパのいろんな国や都市を旅したいという思いがあったからだ。ここに転勤してきて4か月が経ち、今週は2度目の小旅行に出かけた。1度目は、先月にフェレンツェを訪ね、今回はさらに足を延ばして飛行機でミラノへの2泊3日旅行に出た。

日本から母が来ていたので、一緒にどこか旅行に出かけられないかと企画したものだ。イタリア国内なので、1時間も飛行機に乗ればミラノに到着。気温は、さすがに北に移動しただけあり、3度ほどローマより低かったと思う。到着時刻は午後8時を過ぎていたので、すでに日が落ちていて周りの様子はよくわからなかったが、近代的という第一印象を持つ。

旅は計画する時からすでに始まっている、と私は常々思っている。旅行ガイドブックに目を通し、全部は読めないまでも軽くその街の歴史背景なんかを頭に入れる。どこがきれいで、何が美味しくて、その街の特徴はいかなるものか。泊まる宿を決め、行きたいレストランの下調べ。街をどんな風に歩くかまで考え、ネットでその道を辿ったりすればもう完璧だ。

今回の旅行はそういう点においてかなり準備不足。なぜなら、その出発日の四日ほど前から体調を壊し仕事も休んで自宅で寝ていたからだ。本やネットが調べられるほど元気であればよかったのだが、そんな余裕は全くなく旅行当日になってしまった。そして当日もまだ本調子ではなかった。

そんな状況だったけど、とりあえずその土地に降り立った。

最初の日の晩は、ホテル近所の中国人経営のバイキングレストランへ。中国人は、本当にどこにでもいる。いろんな国の言語を操り、その土地に根を張り、街を作り上げ、商売を展開させる。ミラノもそんな彼らの餌食になっていた。そして、観光客である私たち一行もそんな彼らのイタリア料理ではない中華料理に魅せられて、店に吸い込まれた。なかなか良い味。決して安くはなかった料理だったけど、初日としては良好だった。

2日目、地下鉄の1日券を購入して、観光地の方へ移動。最初に到着したドーモ(大聖堂)はなかなか堂々たる建物だった。前面に広がる広場には、多くの観光客がカメラを構え、そんな観光客に物売りやわけのわからぬ鳩の餌を売り歩く商売人が群がる。当然彼らはイタリア人ではなく移民の人たち。この光景はローマでも多い。

ドーモは圧巻で内部のステンドグラスは日の光を通し色鮮やかで美しく、その中の細部に亘る造りがきめ細かく一見の価値ある教会であった。写真撮影禁止の札が出ていたけど、みんなパシャパシャ撮っていたので、自分たちも構わず撮りまくる。こういう時は人に流されるのが吉。

それから、有名なアーケードを通る。脇には道まではみ出して椅子を並べる喫茶店やらレストランが並んでいる。こんな所で寛いでいるのは観光客ばかりだろうけど、なかなか良い光景だ。私たちもお茶をしたり、軽食を摂ったりした。

街を小1時間散策した後、一旦ホテルに戻り休憩した。夕方再度同じように街に出て、雑誌に載っていた有名なレストランに向かう。出された何気ないパンが美味しく、前菜のサラダに、メインのステーキ、都会的でなかなか美味しい食事だった。

とまぁ、その時点でミラノに到着してから24時間ほど経過したことになる。

この時点で、ある点において皆の意見が出た。ミラノ人の違いについてである。街の公共交通機関やその他インフラはしっかりしており、ローマより近代的である。しかし人が優しくないのだ。ローマにいると赤ちゃんを抱いているだけで、いろんな人が話しかけてくるし、とても人懐っこく優しく接してくれる。レストランでも並ばずに入れ、とにかく特別待遇を受ける。

ここミラノは違う。赤ちゃんが泣いているとうるさいなぁという顔をされるし、結構無視に近い。まぁ、日本ではそんなところだから、冷たくて嫌だというところまでいかないまでも、この違いには24時間いただけで明確に感じた。そして次の日も観光するが、その違いはより確かに感じ取られた。

同じ国内でも街の雰囲気や人の性質が異なる。同じ言語であっても違いが出てくるのは、その元を辿ればどこに起因するものなのだろうか。都会と田舎という線引きが冷たさと優しさに直結しないのは、ローマの方が首都だし街であることから当てはまらない。

でもこんな形でローマに住むことができている現状に幸運を感じた。首都であっても、人の気質は優しくて田舎的なのだろうか。次は、来月ヴェネチアに向かう。また新たな発見があるだろうか。ヨーロッパのいろんな町を訪れ、見分を広めていきたいと思う。そして、その過程において過去の歴史も学んでいければ最高だろうと思っている。何事も百聞は一見にしかず。
posted by atsushi at 05:53| Comment(2) | イタリア生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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