2010年09月21日

日本社会を思う

今は、6週間に一度のR&Rで日本に帰国中です。今回は、追加で年次休暇を取らなかったので、5泊だけというとても短い滞在ですが、それなりにリラックスした時間を過ごしています。

仕事の疲れをまだ引きずっており、しかも、仕事を他の支部から一時的に来ている人に丸投げしてきているので、不安を感じています。しかし、とりあえずは仕事のことをあまり考えないようにし、ダラダラしています。本来なら、空いた時間は、大学院の勉強に充てたいところですが、なかなか気分が乗りません。ようやく、昨晩、3、4時間ほど文献に目を通しましたが、それは仕事の疲れが随分収まってきているから、開始できたのだと思います。頑張り過ぎはあまり良くありません。早く結果を出したい、人生の次のステージへ進みたい等々、自分を急かす種はありますが、精神の安定を図るのも生きていく上で大切なことだと思います。

WFPは、日本企業のような文化風土があります。本部での勤務はよくわかりませんが、フィールドでの勤務はそれを感じます。事務所での勤務は5時くらいに終えても、自宅で引き続き仕事をしています。そして、休日であっても、パソコンに向かったり、レポートに目を通したり、人に会ったりして仕事を続けています。公私の区別をあまり付けることができません。仕事量が多いからでしょうか、人が少ないからでしょうか、要領が悪いからでしょうか。そして、職員の定着率は高く、終身雇用の日本企業に似ています。

以前から言われていることですが、日本では、長時間労働が問題視されています。例えば医者という職業、人の命を守る重要で難しく且つ尊い職業なのですが、長時間勤務と休みの少なさで、新聞やテレビの情報媒体を通して悲鳴が聞こえてきます。眠い目をこすりながら、手術をしている人を想像すると、かなり恐ろしい思いです。そして、テレビCMで流れていた情報ですが、弁護士の数も他の先進国に比して圧倒的に少なく、忙しい生活を送っているようです。

また、政治家も休み返上で会議をしたり、講演をしたり、長い勤務時間と戦っています。人はいったい何のために仕事をしているのでしょうか。自分のため、家族のため、人のため、その全てのためでしょうか。国家国民を代表している政治家の方達が、バタバタとしていれば、この国はしんどい国だなぁと感じます。

国連職員になる前、僕は日本の公務員でした。一般企業に勤めることを考えれば、それでも休みは比較的長いと思いますが、大量の仕事を毎日抱えていた記憶があります。長い時間働く人が優秀だとは思いません。しかし、ここにはそれを美徳とする趣があります。頑張ることが何よりの最善の方法だと、思われている節があります。僕には、それがどうしても馴染めませんでした。

仕事を含めた活動で一番大切なことは、考えることだと思っています。肉体的活動よりも、精神的そして思考的活動に重きを置くべきだと思います。なぜなら、肉体は脳や心(その実は同じものかもしれない)によって動かされているからです。そして、肉体が疲れていると、しっかりものを考えることができません。人には休みが必要なのです。

しかし、その一方で就職できない若者が増えてきているようです。これは、おかしい。ものすごく忙しい人がいる一方で、何かをしたくても出来ない人がいる。なんだか風通しの悪い国だなぁと感じます。何かが停滞し、滞留しています。闇雲にもがくのではなく、少しじっと考えて、目標と方向性を決める時に来ていると思います。
posted by atsushi at 10:42| Comment(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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