2010年10月17日

人にものを教えるということ

人にものを教えるということ、すなわちそれは自分が学ぶことだと思います。なんだか、ナゾナゾのような話ですが、ものを教えるという過程において、自分の知識に間違いが無いか再確認するだけでなく、自分の盲点を他人に指摘してもらえる機会を得ることが出来るのです。

僕がものを教える時に大事にしていることは、隙間を作ることです。相手に考えてもらう時間を作って、フィードバックを得ることです。なるべく一方的な論舌は避けて(まぁ、もちろん時にはしますけど、特にイラッときている時)、答えを共同で求めていこうと促します。相手が、自分の話に賛成できたならば、相手は僕の教えたことを記憶しようとする必要なく、自然と身に付くのだと思います。

記憶でこの世の中を渡っていくのはとても難しい。しかし、思考でなら、いろんな場面に対応できると思います。もちろん、思考は記憶によって作られるなんていう人もいますが、日頃から考えることを大切にする精神は持つようにしています。

先週の日曜日から、新しい人がここニアラにやってきました。彼は、アフガニスタン人で、僕の同僚としてこの地で2ヶ月間一緒に働いてくれます。彼の本来の配属先は、南スーダンなのですが、人手不足のため回されてきたのです。あと1週間後には、僕は会議のため、3日間ほどハルツームへ出かけます。その時、彼が一人でこの部署を運営しなくてはいけません。残された期間は、あと1週間。

元々彼は、アフガニスタンで同じ業務をやっていて、ほとんどのことは既に分かっています。でも、だからといって基本的なことを何のおさらいもなしに、ここ特有の核心部分だけ話すということは出来ません。やはり、知識の確認をしながら、段階を経て慣れていかなくてはいけません。そして、僕もそういう過程で、アフガニスタンでの勤務を学ぶことが出来るのです。幸いにも、彼は穏やかで自己主張の強くない人であるため、今のところスムーズに進んでいます。

しかし、彼は僕よりも年上で、この業界の勤務年数は7年にもなるベテランです。そのこともあってか、時々彼の話す過去の物語が長くなる時があります。ただ、地位的には僕の方が高いため、僕の下で働いてもらわなければいけませんし、僕の決めたことをやってもらわなければいけません。

出身国が異なるから、人種が異なるから、と様々な言い訳をつければ、難しいことこの上ない作業ですが、それは日本人同士でも同じようなものかもしれません。ただ、この人にものを教えるという過程は面倒で疲れるところもありますが、つくづく教えるということと教わるということは紙一重だなぁと感じています。

確か、フランス語では、この二つの動詞は同じ単語で表現されるのだったかな。考え深いものがあります。
posted by atsushi at 03:56| Comment(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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