2011年10月02日

Wrap up

ブログの更新は久しぶりすぎて、何から書けばいいのか考えてしまいます。こういうものは、自分のモチベーションを維持するうえでも、文章力や状況分析能力を維持するうえでも、あまり間隔を空けることなく続けるのがいいのでしょう。

さて、僕は1か月以上もの日本での休暇を終え、ここダルフールに戻ってきています。休暇はあっという間に過ぎてしまいました。赤ちゃんとの生活は、彼が中心で、思うように自分のことができませんが、とっても楽しい時間でした。自分でも驚くほど。そして、一人こうして地球の反対側に来て、スカイプでの映像しか見られないのはとても寂しい思いです。

しかし、こんな状況ももう終わりに近づいています。およそ2年間のダルフールでの勤務、途中、震災支援で4か月ほどこの地を空けましたが、残すところ1か月と少しです。

人事部からの書類にサインするまでは、何が起こるか分からない、というのが国連機関の恐ろしいところではありますが、送り出す側、受け入れ側の上司が納得しているし、組織内のイントラネットでの発表もされているのでほぼ間違いないのでしょう。僕の転勤先は、本部のあるローマに決まっています。11月中旬あたりに移動なので、もう日本に帰ることの出来る休暇は取れませんが、ここ砂漠の真ん中でネットにつなげながら、ローマ生活の情報収集に勤しんでいます。

どの職場でもそうでしょうが、本部に行ってこそ、人脈や組織内の知識が形成されるものだと思います。そして、本部だからこそ、対外的な行動もとれるのだと思います。何をしたいかというアイデアは、山のようにありますが、まずは、家族で暮らすことの出来る住居を探し、街に慣れ、言語を覚え、土地勘を身に付けてからの話だと思っています。

転勤先を獲得するにあたって、紆余曲折がありましたが、なによりも言えることは、欲しいもの、したいことは、はっきりと主張することが重要だということです。そして、真の状況を見極める動物的勘を持つことです。それにやっぱり、日ごろから何でも相談できる友人を組織内に作っておくことだと思います。様々な人の、ねたみ、嫉妬、駆け引きが横行するのが、この組織です。敵を作ることはいただけませんが、時には強く出る必要もあるのです。

WFPには、過酷な勤務地も多いことから、職員にはローテーションがあります。ここ南ダルフールのニアラは、2年間で交代することが前提とされています。状況によっては、1年で去る人、3年以上居続ける人、それぞれありますが、僕の場合はきっちりと2年で撤収できそうです。

地元スタッフととても仲良くなりました。勤務時間、休日、そんなものは関係なく、いろんなサポートをしてくれます。そして、王様のように扱ってくれます。時々思います。ここでの生活は、ある意味日本より楽なのではないか、と。でも、ずっとは暮らせない。ただ、去るにあたって、やっぱりそれはそれで寂しい。

残りの日数、僕ができるのは、在籍するスタッフの昇進や雇用をどれだけ守れるかということです。守れないのであれば、他の職場や企業へ推薦状を作成し、彼らの生活を支える手伝いをしたいということです。国連機関には、その根本の設立目的はあるにしても、フィールドでのプレゼンスにおいて、雇用を作り出すことによって、地域社会の安定を勝ち取るという側面があるのです。それは、出ていくまでにきっちりとやっておきたいと思います。
posted by atsushi at 05:38| Comment(0) | スーダン生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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