2011年10月31日

持続可能な業務

現在滞在中のゲストハウス、22人まで収容可能のなかなか巨大な建物だ。それぞれの部屋はそれなりに広いし、一番上の事務所長の部屋なんて、独自のキッチンやバルコニーまでついている。ここの周りには、大きな建物なんてほとんどないから、とても目立つ。保安上あまり目立つのはよろしくないのに、どうしてこの建物にしたのだろうかと、常々思っている。どうでもいいことだが、私はこの建物を密かに「バビルの塔」と呼んでいる。

さて、そんな巨大な建物内に現在5人しかいない。明日はさらに2人抜けるので総勢3人となる。1人抜け2人抜け、休暇や出張等、理由はそれぞれあるけど普段の20%程度の職員しかいない。こんなに一度にいなくなるのは、クリスマスやラマダーンの時はあるけど、中途半端な10月下旬としては珍しい。

職員がいなくなれば、当然その間の事務所は、序列順に頭がすげ替わる。事務所長代行は、そこにいる国際職員の上から順番におりてくる。国際職員全員がいなくなることはないので、地元の職員が事務所長を代行することはない。ただ、課レベルになるとそうは言っていられない。私のUNHASにおいては、常に国際職員がいるようにしている稀な課だから、長の役割は地元職員にまわることはない。

話は少しそれるが、本当は、長の役割を地元職員にやらせたいと思っている。国際職員抜きでUNHASを回せないだろうかと考えているが、今のところ職員の能力不足、自覚不足で実現には至っていない。

組織上、国際職員は、Fixed Term、Short Term、Consultant、UNV等に分かれる(実はもう少し種類があるがここでは割愛)。そして、その下には地元職員のピラミッドが形成されている。地位的に低いことが、能力の明確な上下を表すものではないことは、組織で働く者にとっては明白の事実。できる部下、とんでもない上司が存在するのはどこでも同じだと思う。もちろん、地位が生む責任感やいわゆる「地位が人を作る」的要素は否定しないが、良い意味でも悪い意味でも驚く人材が存在する。

さて、今日は何を言いたいかというと、そうは言っても・・・なのである。

これは、なにから来るものだろうか。イスラム的発想からなのだろうか。アラビア全般に言えることなのか。それとも人間として皆が共有する思考構造なのだろうか。

どうやら、ここでは権力を握ると、その権力者は突然業務のやり方を変えたがる。前年度続行的な反省を踏まえず前任者をなぞるだけの仕事のやり方は、地位ある人としては失格であるが、ここではものの見事に変えようとしてくる。しかも、ビックリするぐらい突然に。

え、なんでそうなるの、という具合に。

自分の担当課の運転手であった者が、何の連絡もなしに、出張に飛ばされたり、違う業務に持っていかれたりする。事前に相談があって、その代りの人員を提供してくれるならいいが、突然人が回されなくなる。様々な業務は、人に仕事を割り振り、権限を分担しながらやっていくものだ。完全におんぶに抱っこはないけど、それなりに責任を共有しているのだ。それが、突然ゼロになる。怒りよりも驚きが先行する。そして、「またかぁ」となる。

人のやり繰りの問題は、この2年間突然やってくる驚きの連続だが、ある程度慣れてしまったし、それへの対応も一応考えている。

しかし、一つどうしてもフォローしようがないことがある。それは、計画を立て、締め切りを決めて、物事を完成させるという長期的工程作業だ。これは、その立案者がそこにいないと、絶対に終わらせられない。断定するのはとても胸が痛むが、地元職員にはできないと言わざるを得ない。

今のように、国際職員の80%がいない状況では、課長クラスはそれぞれの部下にいろんな業務を任してきていると思う。しかし、彼ら地元職員は、日々の仕事を回すのが精いっぱいで、新たな企画や業務に対する実行力と責任感は希薄である。というか、端からないのかもしれない。休暇や出張から戻ってくると、全く何も手が付けられていないことに愕然とする。常に誰かが監督していないと、その手の業務は成し遂げられないのだ。

そして、最近こう考えるようになった。私がやろうとしていることは、持続可能ではないのではないか、と。私がいないと回らないことを求めていては、私がずっとここにいないといけないではないか、と。だから、求めすぎているのか、もっとレベルを落とす(合わせる)べきなのか、と。大きなエンジンが、常に各部に血液を流し続けるのならいい、しかし、2年間という期間がここニアラでの我々国際職員の一般的滞在期間である。自分がいなくなった時点で、滞ってしまう業務であれば、管理職としては考えを改めざるを得ない。

昔自衛隊で「2割の法則」というものを聞いたことがある。100人いたら、20人が実際にその集団を引っ張っている。前20人が抜けたら、また自然と残り80人の中の20%がその集団を引っ張っていくようになる、と。

う〜ん、どうだろう・・・現実はなかなか厳しい
posted by atsushi at 05:05| Comment(0) | スーダン生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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