2012年01月23日

ローマに戻ってきての1週間

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

日本で年末年始を過ごし、1週間ほど前にローマに戻ってきた。ローマは相変わらず日本よりも暖かいが、それでも以前と比べいくらか気温が下がっている。戻ってきて直ぐの数日間は、長旅の疲れと気の緩みで体調を壊してしまった。完全に風邪の症状があって、最初の1週間の勤務はつらかった。ただでさえ休みボケでモチベーションが低下していたのだから、仕事に行くのがとても苦痛な1週間だった。

今は、観光客や在留外国人に比較的人気のTrastevereという地区のアパートに暮らしている。40uのアパートでは、3人で住んでみるとやはり手狭で、もっと広い場所に引っ越すことにした。ローマでは(イタリア全般に言えることかもしれないが)、住居を設定するのがとても大変な作業だ。家の設備などに責任を持つ大家さんがとても重要な存在で、その人の人格や対応の仕方で、住み心地は大きく左右される。設備が充実していても、そこにはメンテナンスが必要で、また地元業者との契約が外国人にはとても難しいため、どうしても大家さんがそこに介入しなくてはいけない。

イタリア人の英語力は、他のヨーロッパ諸国と比較し、かなり劣っていると思う(日本人のことを棚に上げて言えないけど)。しかも、出来ないことに劣等感はまるでなく(ここは日本人と異なる)、どんどんイタリア語で攻めてくるし、イタリア語ができないことに対して邪険に扱われたりする場面も時々ある。だから、大家さんという自分の味方になってくれ、第3者とイタリア語で折衝をしてくれる人が重要な存在になるのだ。

現在のアパートは、勤務先国連機関のイントラネットの掲示板で見つけた。職場の同僚から借りていることになっているが、その当人はここローマにはいない。イタリア語を操れるスペイン人なのだが、彼女は北朝鮮の事務所に勤務している。日々の問題点は、メールを通して連絡を取っているが、やはりローマにいないのは、なにかあった時に頼る人がいなくて、不便に感じていた。

そういった住環境と手狭さのため、もっと大きくそして便利の良い所に引っ越すことに決めた。次の場所はAventinoという地区で、WFPの生みの親Food and Agricultural Organization (FAO)から徒歩圏の場所だ。広さは、今のところの倍の80u。国連の健康保険が直接使える病院にも近く、地下鉄、列車へのアクセスもいい。この場所は、ローマに駐在する日本人の国連職員で構成される日本人会で紹介されたものだ。ローマでは、不動産屋からの紹介で住むところをみつけることもできるのだけど、この様に人づてで住居を探すのもとても一般的な方法だ。

大家さんは、イタリア人の60歳を超えるおばあちゃんだけど、英語がとても上手だし、非常に優しい人だ。僕たち夫婦が入るにあたって、お客さんが泊まってもいいように、ベッドをもう一つ買ってくれると言ってくれている。部屋は完全家具付きで、食器なんかも含まれているため、身体一つで入ってもすぐに生活ができる。このような、Full furnished なアパートがここローマには結構多い。今まで身軽に生きてきた僕にはピッタリ。

リビングルームは、ローマによくある大理石ではなく板張りのため部屋に温かみがある。息子がこれから、お座りをして、歩き回るようになっても十分遊ぶスペースは確保できる。なにより、病院に近く、FAOに近いのはとても便利だ。WFPの職員は、その身分証でFAOにも行き来できる。あの庁舎には、大きな免税店が入っていて、そこではヨーロッパで通常かかるVAT ( Value Added Tax付加価値税)21%が免除されるので、とてもお得に食材から衣類、酒類、化粧品まで購入できる。

ローマに来て思うことは、国連職員というのは、給料以外のところで本当にたくさんの恩恵を受けられるということだ。まぁ、しかしここローマでの生活はとにかく高い。次のアパートは、月2100ユーロ、日本円では22万円ほどだ。こんな高級なアパートには未だかつて暮らしたことはない。でも決して贅沢をしているわけではなく、ローマでは一般的なようだ。家賃補助が出なければ、とても暮らせない。

とりあえず、今日はこの辺で
posted by atsushi at 05:28| Comment(0) | イタリア生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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