2012年03月12日

東日本大震災より1年 ローマにて追悼

2011年3月11日より、今日で丸1年がたった。数日前から、あの時からもう1年だなぁとずっと考えていた。そして、今日は日曜日なので、珍しく朝からテレビを見る。

ここローマにおいても、日本のテレビ番組を一つだけ見ることができる。NHK Worldという番組で、基本的にはNHKのニュースやその他日本に関する事柄を英語でしている在日外国人向けと思われる番組だ。予想した通り、その番組では、大震災からの1年ということで大震災関連の特集や、今日の日本での追悼行事についての紹介が流れていた。

どの映像も感極まるものがある。災害発生時の救急救命活動、その後の被災者への支援活動、復旧復興活動、見ていると目に涙があふれてくる。それぞれに多くの問題を抱えながらも、それでも人々が必死の思いで助け合ってきた光景がそこにはある。「絆」がテーマになるほど、人との関係、地域共同体の意義がこの事件を境にこれほど見直されたことはない。

新聞等メディアを通してよく言われるのが、政治が機能していない、政治の怠慢で復興が遅れている、ということ。

話は少し逸れるが、日本人は、ダメ出しをするのが得意だ。小さな重箱の隅をつつくような行為をすることによって、より完璧で完成されたものを追求する。これは、日本の製品によっても見られることで、それぞれの製品の性能は他の外国製品の追随を許さないほどに完成されたものだが、その方向性が正しいのかどうかの議論は意外にも少なく、見落とされがちである。道を追求するのは、忍耐力が必要で、それ自体は素晴らしいことだが、方向が間違っていれば非常に効率が悪くなる。そして、もう少し褒めてもいいのではないか、自信を持ってもいいのではないかと常々思っている。

日本の政治というのは、日本人そのもののことだ。日本人の総意が政治のかたち。政治だけを悪いと批判し、自分達から切り離すことは本来できない。民主党を選んだのも、国民だし、原発の恩恵を受けてきたのも国民がそれが良いと決めたからだ。

テレビから流れる映像を見て、自分にはいったい何ができるだろうかと考える。日本人として、自分の国にどんな貢献ができるのだろうか、と。東北でWFPの職員として、支援活動をした4か月を通して、そしてその後もずっとこの想いを抱えている。

国連という箱を通して、自分はどうやって、自分の国の友人、家族、お世話になった人、地域に貢献できるのだろうか。答えはまだ出ていない。すぐに転職を考えるほど私は短絡的ではないけど、自分の今までの自衛官としての経験、国連職員としての経験を活かして、自分の能力を最大限活用できることで母国に何かできれば、と思っている。

今日の夕刻、ローマ市内のポポロ教会にて、大震災の追悼を目的としたコンサートが開かれた。多くの日本人もコーラスに並んでおり、前面のソプラノ、メゾ・ソプラノも日本の方だった。モーツァルトの鎮魂歌を1時間弱演奏されていたが、特に講話があったわけでもなく、黙祷があったわけでもなかったので、ややメッセージ性が欠け残念ではあったが、この機会に自分が参加できたことに心が安らいだ。これはその時の写真。
IMG_0782.JPG

復興までの道のりは遠く、問題が山積しているが、進む道を間違えないでほしい。不都合な事実を覆い隠さず、ムリ、ムダ、ムラの3ムを排除するよう念頭に置きながら進んでいかなくては、今の日本にそんなものを受け入れられる余裕はない。

東北はまだまだ寒そうだったなぁ。雪の降る中、数がとても減ったボランティアの人たちだけで、よく頑張っていた光景がテレビに流れていた。

まだまだ終わりではない。
posted by atsushi at 07:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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