2012年04月09日

都市による差異の体験(ミラノ)

イタリアローマに転勤してきた理由は、何も本部勤務してみたかったというだけではない。仕事の面だけではなく、ここヨーロッパに拠点を置いて、ヨーロッパのいろんな国や都市を旅したいという思いがあったからだ。ここに転勤してきて4か月が経ち、今週は2度目の小旅行に出かけた。1度目は、先月にフェレンツェを訪ね、今回はさらに足を延ばして飛行機でミラノへの2泊3日旅行に出た。

日本から母が来ていたので、一緒にどこか旅行に出かけられないかと企画したものだ。イタリア国内なので、1時間も飛行機に乗ればミラノに到着。気温は、さすがに北に移動しただけあり、3度ほどローマより低かったと思う。到着時刻は午後8時を過ぎていたので、すでに日が落ちていて周りの様子はよくわからなかったが、近代的という第一印象を持つ。

旅は計画する時からすでに始まっている、と私は常々思っている。旅行ガイドブックに目を通し、全部は読めないまでも軽くその街の歴史背景なんかを頭に入れる。どこがきれいで、何が美味しくて、その街の特徴はいかなるものか。泊まる宿を決め、行きたいレストランの下調べ。街をどんな風に歩くかまで考え、ネットでその道を辿ったりすればもう完璧だ。

今回の旅行はそういう点においてかなり準備不足。なぜなら、その出発日の四日ほど前から体調を壊し仕事も休んで自宅で寝ていたからだ。本やネットが調べられるほど元気であればよかったのだが、そんな余裕は全くなく旅行当日になってしまった。そして当日もまだ本調子ではなかった。

そんな状況だったけど、とりあえずその土地に降り立った。

最初の日の晩は、ホテル近所の中国人経営のバイキングレストランへ。中国人は、本当にどこにでもいる。いろんな国の言語を操り、その土地に根を張り、街を作り上げ、商売を展開させる。ミラノもそんな彼らの餌食になっていた。そして、観光客である私たち一行もそんな彼らのイタリア料理ではない中華料理に魅せられて、店に吸い込まれた。なかなか良い味。決して安くはなかった料理だったけど、初日としては良好だった。

2日目、地下鉄の1日券を購入して、観光地の方へ移動。最初に到着したドーモ(大聖堂)はなかなか堂々たる建物だった。前面に広がる広場には、多くの観光客がカメラを構え、そんな観光客に物売りやわけのわからぬ鳩の餌を売り歩く商売人が群がる。当然彼らはイタリア人ではなく移民の人たち。この光景はローマでも多い。

ドーモは圧巻で内部のステンドグラスは日の光を通し色鮮やかで美しく、その中の細部に亘る造りがきめ細かく一見の価値ある教会であった。写真撮影禁止の札が出ていたけど、みんなパシャパシャ撮っていたので、自分たちも構わず撮りまくる。こういう時は人に流されるのが吉。

それから、有名なアーケードを通る。脇には道まではみ出して椅子を並べる喫茶店やらレストランが並んでいる。こんな所で寛いでいるのは観光客ばかりだろうけど、なかなか良い光景だ。私たちもお茶をしたり、軽食を摂ったりした。

街を小1時間散策した後、一旦ホテルに戻り休憩した。夕方再度同じように街に出て、雑誌に載っていた有名なレストランに向かう。出された何気ないパンが美味しく、前菜のサラダに、メインのステーキ、都会的でなかなか美味しい食事だった。

とまぁ、その時点でミラノに到着してから24時間ほど経過したことになる。

この時点で、ある点において皆の意見が出た。ミラノ人の違いについてである。街の公共交通機関やその他インフラはしっかりしており、ローマより近代的である。しかし人が優しくないのだ。ローマにいると赤ちゃんを抱いているだけで、いろんな人が話しかけてくるし、とても人懐っこく優しく接してくれる。レストランでも並ばずに入れ、とにかく特別待遇を受ける。

ここミラノは違う。赤ちゃんが泣いているとうるさいなぁという顔をされるし、結構無視に近い。まぁ、日本ではそんなところだから、冷たくて嫌だというところまでいかないまでも、この違いには24時間いただけで明確に感じた。そして次の日も観光するが、その違いはより確かに感じ取られた。

同じ国内でも街の雰囲気や人の性質が異なる。同じ言語であっても違いが出てくるのは、その元を辿ればどこに起因するものなのだろうか。都会と田舎という線引きが冷たさと優しさに直結しないのは、ローマの方が首都だし街であることから当てはまらない。

でもこんな形でローマに住むことができている現状に幸運を感じた。首都であっても、人の気質は優しくて田舎的なのだろうか。次は、来月ヴェネチアに向かう。また新たな発見があるだろうか。ヨーロッパのいろんな町を訪れ、見分を広めていきたいと思う。そして、その過程において過去の歴史も学んでいければ最高だろうと思っている。何事も百聞は一見にしかず。
posted by atsushi at 05:53| Comment(2) | イタリア生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月04日

ローマの公共サービスと職場環境

昨日のローマでの出来事。その前日の木曜日から、明日は天気が悪くなると言われていた。予報では、気温が0℃以下になり、雪が降ると発表されていた。それを受けて、なんとローマ市長が金曜日の学校を休みにすると宣言。こんな場面でローマ市長が出てくることに驚いたが、たかが0℃で!という過剰な反応に、2重の驚き。

そして、当日金曜日は、職場に多くの子供たちがいた。急きょ休みになってしまった学校によって家にいないといけない子供たち、それに合わせたベビーシッターを見付けられなかった職員や、その他子供の面倒を見る人が家にいない職員が、自分の子供たちと一緒に出勤してきたのだ。そうしなければいけない背景は明確だが、これは日本では見られない光景である。ふーん、こんなこともあるのだ、こんなことが許されるのだ、とカルチャーショックと共に感心してしまった。

実際の天気は、なんてことはないちょっと寒いくらいの天気。雪だって降ってはいなかった。ローマ市長のお触れが効いたのか、公共交通機関も全く頼りにならない感じだった。それを予想して、朝の出勤時いつもより1本速い列車に合わせて駅に向かったので、うまく職場に来ることができた。しかし、ほとんどの職員はその後の列車の遅れでプラットホームに1時間近く待たされるという災難に遭っていたようだ。

まぁ、こんな遅れは別段理由なんかなくても、日常茶飯事のことではある。もういい加減待たされることには慣れてきたが、交通機関に頼っての通勤はとてもストレスが溜まる。だからといって、自分の車で、となると尋常じゃない交通渋滞に頭を悩まされるし、ガソリンスタンドも時折ストに入ることがあり、常に気を張り詰めていないといけない現状なのだ。

さて、昨日の気温、確かにちょっと寒い。でも、外は雪でなく雨。昼ごろのこと、職員が騒ぎ出した。事務所の近辺では雨だけど、ローマ市内は雪が降っているという情報が流れだしたためだ。雪を見たことがないわけではないが、非常に稀な現象らしく、一時職場が喧騒な雰囲気となった。

ほどなく一斉送信のメールが上層部より流れてきた。職員は上司の許可を得て、帰宅してもよい、と。え、こんなんで!と驚く。冗談でしょ、と。

それから、どんどん職員が事務所を後にする。「良い週末を!」、なんて言いながら
笑顔を振りまいて出ていく。

たったこれだけの気象の変化で、こんな混乱を生むなんて、日本であれば考えられない。東北で僕が働いていた状況を思い起こすと、早くに帰宅できる状況には喜べても、なんとなく失望感を覚える。でも、後々早目に帰ったほうがいい、その理由が少しわかる状況に自分が巻き込まれる。

僕には、まだ仕事があったので、引き続き業務に。でも、当然人がいなくなれば停滞してしまう業務もたくさんある。ある程度のところ3時くらいで帰ろうかなぁと身支度をし始める。もうこれ以上いても、周りにあまりにも人がいなさすぎて、どうにもならないからだ。

そして同僚から今列車がほぼ止まっていて、1時間に1本来るかどうかわからないということを知らされる。どうやったら、そんな情報を知ることができるのか不明だが、自分が帰宅難民になってしまったことに気が付いた。列車だけでなく、事務所からシャトルバスと地下鉄を乗り継いで、ローマの中心部に移動できるのだが、どういうわけかシャトルバスが止まってしまっていた。

さて、残りはタクシーという手段。イタリア人の同僚に電話をかけてもらう。僕はまだイタリア語ができない。そして、その混み具合を知る。タクシーがつかまらない、と。

ビルの入り口の、守衛事務所に行けば、契約しているタクシー会社へ直接連絡ができると教えられたため、とりあえず事務所を後にする。そこにいったら、たくさんの職員が並んでいた。そして、待たされようやくタクシーが来たころにはいつもの帰宅時刻と変わらない時間になっていた。

やっぱり自分の車を持った方がいいのだろうか。交通渋滞とその他煩雑な事務手続きに悩まされながらも、自分で動けるようになるべきなのだろうか。

When in Rome, do as Romans do. 郷に入らば郷に従え

やっぱりみんなが帰るときに、帰ったほうがよかったのだ。皆がしていることを同じようにやるべきなのだ。しかし、たったこれだけのことに混乱してしまうローマの行政って。ますますこの町から離れたくなる。
posted by atsushi at 22:17| Comment(0) | イタリア生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月23日

ローマに戻ってきての1週間

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

日本で年末年始を過ごし、1週間ほど前にローマに戻ってきた。ローマは相変わらず日本よりも暖かいが、それでも以前と比べいくらか気温が下がっている。戻ってきて直ぐの数日間は、長旅の疲れと気の緩みで体調を壊してしまった。完全に風邪の症状があって、最初の1週間の勤務はつらかった。ただでさえ休みボケでモチベーションが低下していたのだから、仕事に行くのがとても苦痛な1週間だった。

今は、観光客や在留外国人に比較的人気のTrastevereという地区のアパートに暮らしている。40uのアパートでは、3人で住んでみるとやはり手狭で、もっと広い場所に引っ越すことにした。ローマでは(イタリア全般に言えることかもしれないが)、住居を設定するのがとても大変な作業だ。家の設備などに責任を持つ大家さんがとても重要な存在で、その人の人格や対応の仕方で、住み心地は大きく左右される。設備が充実していても、そこにはメンテナンスが必要で、また地元業者との契約が外国人にはとても難しいため、どうしても大家さんがそこに介入しなくてはいけない。

イタリア人の英語力は、他のヨーロッパ諸国と比較し、かなり劣っていると思う(日本人のことを棚に上げて言えないけど)。しかも、出来ないことに劣等感はまるでなく(ここは日本人と異なる)、どんどんイタリア語で攻めてくるし、イタリア語ができないことに対して邪険に扱われたりする場面も時々ある。だから、大家さんという自分の味方になってくれ、第3者とイタリア語で折衝をしてくれる人が重要な存在になるのだ。

現在のアパートは、勤務先国連機関のイントラネットの掲示板で見つけた。職場の同僚から借りていることになっているが、その当人はここローマにはいない。イタリア語を操れるスペイン人なのだが、彼女は北朝鮮の事務所に勤務している。日々の問題点は、メールを通して連絡を取っているが、やはりローマにいないのは、なにかあった時に頼る人がいなくて、不便に感じていた。

そういった住環境と手狭さのため、もっと大きくそして便利の良い所に引っ越すことに決めた。次の場所はAventinoという地区で、WFPの生みの親Food and Agricultural Organization (FAO)から徒歩圏の場所だ。広さは、今のところの倍の80u。国連の健康保険が直接使える病院にも近く、地下鉄、列車へのアクセスもいい。この場所は、ローマに駐在する日本人の国連職員で構成される日本人会で紹介されたものだ。ローマでは、不動産屋からの紹介で住むところをみつけることもできるのだけど、この様に人づてで住居を探すのもとても一般的な方法だ。

大家さんは、イタリア人の60歳を超えるおばあちゃんだけど、英語がとても上手だし、非常に優しい人だ。僕たち夫婦が入るにあたって、お客さんが泊まってもいいように、ベッドをもう一つ買ってくれると言ってくれている。部屋は完全家具付きで、食器なんかも含まれているため、身体一つで入ってもすぐに生活ができる。このような、Full furnished なアパートがここローマには結構多い。今まで身軽に生きてきた僕にはピッタリ。

リビングルームは、ローマによくある大理石ではなく板張りのため部屋に温かみがある。息子がこれから、お座りをして、歩き回るようになっても十分遊ぶスペースは確保できる。なにより、病院に近く、FAOに近いのはとても便利だ。WFPの職員は、その身分証でFAOにも行き来できる。あの庁舎には、大きな免税店が入っていて、そこではヨーロッパで通常かかるVAT ( Value Added Tax付加価値税)21%が免除されるので、とてもお得に食材から衣類、酒類、化粧品まで購入できる。

ローマに来て思うことは、国連職員というのは、給料以外のところで本当にたくさんの恩恵を受けられるということだ。まぁ、しかしここローマでの生活はとにかく高い。次のアパートは、月2100ユーロ、日本円では22万円ほどだ。こんな高級なアパートには未だかつて暮らしたことはない。でも決して贅沢をしているわけではなく、ローマでは一般的なようだ。家賃補助が出なければ、とても暮らせない。

とりあえず、今日はこの辺で
posted by atsushi at 05:28| Comment(0) | イタリア生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月28日

新生活開始 イタリア ローマ!!

新しい生活というのは、刺激があり目新しい発見があるものの、結構疲れるのが現実。ダルフールにおける生活環境は、保安上厳しいものだったが、慣れと2年間の少しずつの努力で自分の生活はかなり快適なものになっていた。ローマに来て、10日間が経過するが、ようやくこの週末で初期の疲れが癒えてきた感じがする。とにかくこの最初の10日間はいろんな問題に直面して、物事がうまく運ばないことがたくさんあった。

言語の出来ない環境で、生活を作り上げていくのは疲れる作業だ。そして、ここイタリアは、評判通り先進国であって先進国でないようなところだ。もちろん、ローマしか見ていないからここで全てを決めつけるわけにはいかないが、首都ローマがこれだから、そんなに間違ってはいないのでは、と思う。とにかく、すべての作業にとても時間がかかる。いろんな物事がうまくまとまっていない。交通機関、小売店、政府機関、人々の対応、全てにおいて効率が悪い。まるでアフリカのとある国のよう。その割には、価格設定が先進国基準だから、受けるサービスに照らし合わせると高価だと言わざるを得ない。

ここで知り合った知人からは、うまくいかないことが多々あるから、そんなときは、ワインを飲んでチーズでも食べながら時間を待つしかないですよ、と助言を受けている。その助言通り、むかついたときは焦らずのんびりワインと生ハムを楽しんでいる。そして、今週末はそんな時のために酒のストックを増やしておくことにした。

ローマは、WFPの本部である。ものすごく多くの職員が勤務している。そのほとんどが白人であり、スーダンの時とは雰囲気がかなり異なる。スーダンでは、白人は少数であり、彼らは必ず国際職員かつオフィサーであったため、ここに来て直ぐのころは、多くの上級職員が存在する印象を受けた。しかし分かってくるにつれ、その多くは地元イタリア人いわゆる一般職のアシスタントや、コンサルタントだということに気づく。ここではさらに数多くのJPOがいて、それ以外にも短期雇用(ショートターム)の国際職員が存在するため、やはり正規の国際職員はとても限られているということに気づいてくる。

ここ本部の特徴は、そういった職員の身分が明確に表示されることだ。区別がきっちりと存在し、それぞれに対応した権利が付与されている。何かが使えたり、使えなかったり、そんな色分けがなされている。

まぁ、仕事のことは今後ゆっくりと書いていくとして、まずは生活を落ち着かせることが先決である。とりあえず必要なものは一通り買い揃え、今週木曜にやって来る家族の受け入れ体制はできたと思う。ダルフールから直で来ているため、疲労がたまっている。それでも、家族が合流するのは楽しみだ。妻や息子の顔を見れば、疲れなど飛んでしまうのだろう。フィールド勤務の多いWFPだが、ここローマの良さは何と言っても、家族で暮らせることだな。
posted by atsushi at 08:20| Comment(0) | イタリア生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月04日

イタリア事情

さて、ニアラの滞在も残り10日。ローマへの転勤が決まってから、いろんな準備を進めてきた。仕事上の人事手続を含む総務系の準備から、私個人の渡航準備、かなり多岐にわたる調査と調整がある。というのも、国連機関における転勤は、国境を跨ぎ国や地域が変わることが一般的であり、国内の移動とは比較にならないほど考えることが多いためだ。

以前の職場では、勤務期間7年間のうち5回転勤をしたが、その準備は1週間もあれば終えてしまい、宅配便をうまく利用することで、カバン一つの身軽さで次の勤務地に移動したものだ。パスポート、滞在許可書、査証手続、税関、などは全く考える必要がなく、今思えば楽だったなぁと感じる。

転勤とは、そういう面倒な身支度を乗り越えなければいけないが、基本的には好きである。なんだか、新しい生活が始まるというワクワク感と、行ったこともない土地に行くという行為が自分の冒険心をくすぐってくれる。それは、国内の移動でも同じだ。幹線道路がそこら中に張り巡らされ、大型ショッピングモールやフランチャイズ店が同じように並んでいる地方都市であっても、そこに住む人が違うのだ。そして、その人がその地域を作り、同じようでも同じにはならないのが、国内の転勤の面白いところだった。

話を少し戻して、現在はローマ行きの準備。これがなかなかイタリアというお国柄が分かってきて、時間が迫ってくるにつれ心配になってきている。どうも人の噂によると、イタリアはヨーロッパではなく、北アフリカに属するらしい。ヨーロッパだと思っていると、その政府機関の非効率さ、人々の不合理さに、心底幻滅するそうだ。ん〜、こう言われるとあんまりワクワクしないぞ!

日本人のようにEU加盟国でない国籍の者が、イタリアで働くとなると、それ用のビザが必要で、その事務手続きにはいったいどれほどの時間がかかるのか、参考程度に教えてもらっているものの、全くうまくいっていない。というか、うまくいっていないということが昨日遅くに判明した。

査証申請には、この様な流れがある。ローマのWFP本部から査証申請書類を、ローマにあるイタリア外務省に送ってもらう。そこから今度は、スーダンの首都ハルツームにあるイタリア大使館に連絡をしてもらう。申請者は写真やパスポートを含めた申請一式を最寄り(私の場合はハルツーム)の大使館に送る。そこから1週間ほどでビザが下りるという一連の流れだ。

さて私の場合は、1週間も前に、全ての書類をそろえて、大使館に送ったというのに、今日になってまだイタリアから連絡が来てないから、全く手続きが進んでいないというメールが送られてきた。見た時には目を疑った。

取り急ぎローマにサポートを頼んだが、全く連絡が来ない。ローマの今日って休日だったのだろうか。日本では文化の日だが、ローマも同じであるわけがないのだが…

国連職員が取得することになるビザ(D-mission Visaと呼ばれるもの)は、イタリア国内では取得することができない。そのため取得してからスーダンを出国しなければならない。本当ならば、11月9日が最初の出国予定であった。但し、このビザ取得に時間が予想以上にかかるかもしれないと考え、わざわざ1週間も余裕を見たのである。それが、どうやらそれでも雲行きが怪しくなってきた。

そしてさらに郵便物。日本の家族から、冬用衣類を郵便局のEMSで1箱12キロぐらいのものをローマの事務所に送ってもらった。その受け取りを頼まれてくれた職場の同僚は、郵便局からこのままでは配達できないという通達を受け取ったらしい。私物の衣類に関税がかかるのか、箱が重すぎるのか、まぁなんだかいろんな理由が考えられるらしいが、同僚に郵便局に行ってもらわなくてはいけない。

そしてもう一つ。私が活用している国際的な銀行がイタリアでは取引をやっていないという。世界で一番か二番目に大きい銀行だというのに、EU加盟国であり、先進国であろうイタリアでは営業をやっていないというのである。これは、非常に不便だ。スーダンでは我慢してきたが、次こそはもう少し自由に資産を動かせるようになるものだと勝手に期待していたのに、またいろんな新しい手続きが必要だ。おそらく、イタリアで銀行を開設することになるであろうが、そのためのIDだの余計な事務手続きが必要なのだろうなぁ。

あぁ面倒くさい。

イタリア、とても楽しみにしているが、腹の立つことも頻繁にあるのだろうと予想する。とあれば、別に15日に急いで出国しなくとも、ダラダラこのスーダンに残っていようか…
posted by atsushi at 05:15| Comment(0) | イタリア生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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